No Limitsスタッフ
荒川大介(あらかわだいすけ)
1978年3月15日生まれ 東京都府中市出身
90kg級
「細い」、「弱い」、「食が細い」 この3拍子揃ったひ弱を絵に描いたような少年がいた。
1995年、高校生当時の荒川大介である。高校3年のときに「強くなりたい」という思いから高校のウエイトトレーニング部に入部した。ここで当時ジュニアのトップリフターとして活躍していた高橋大幸先生(現在ノーリミッツ会員)と出会うことになる。非常勤講師として赴任していた高橋先生からパワーリフティングのいろはを教えてもらった。荒川大介がパワーの魅力に取り憑かれるにはそれほど時間はかからなかった。
しかしながらけっして将来有望な選手だったわけではない。全日本高校選手権にも出場したが、結果は60kg級最下位。スクワットの記録は100kgにも満たなかった。トータル記録は305kg。初心者ということを差し引いても極端に弱かったのだ。
「素質が無いから辞めたほうがいい」
何度となくそんな周囲の声にさらされた。しかし彼のパワーリフティングへの情熱は冷めることは無かった。高校を卒業した荒川は迷わず、当時三土手大介が専任コーチをしていた旧パワーハウスに入会。ますますパワーにのめり込んでいく。三土手の指導のもとで荒川はメキメキと強くなっていった。もともと体重の増えにくい体質で苦労もしたが、1999年には82.5kg級まで成長し、この年の全日本ジュニア選手権で見事初優勝を遂げた。しかし順調に伸びていった彼に大きな落とし穴が待ち構えていた。
『腰椎椎間板ヘルニア』である。
記録は停滞し、一時は競技を続けるどころか日常生活にまで支障をきたすほどであった。しかし彼は諦めなかった。三土手大介が指導する個々の重心を生かした合理的なフォームに一から作り直した。練習では必ずビデオを撮りフォームをチェックした.論理的に練習を分析する能力もこの頃培われた。その結果、負荷を全身に分散させる現在のフォームを会得し、短期間で椎間板ヘルニアを克服したのである。
それからわずか1年後の、2000年世界ジュニア選手権。
100kg級にエントリーした荒川は3位に入賞し、見事銅メダリストに輝いたのだった。そしてベンチプレス部門ではなんと金メダルを獲得したのである。(※世界ジュニア選手権重量級でトータルのメダルを獲った日本人選手は、後にも先にも三土手大介と荒川大介の2人だけである)
全日本高校最下位で誰よりも小さく弱かった男が、世界の表彰台に立った瞬間だった。


ジュニア時代(23歳まで)は全日本ジュニア選手権を3連覇(3階級制覇)。2002年からは一般の部で全日本選手権に参戦した。そして2007年、競技開始12年目にして全日本選手権90kg級で初優勝に輝いた。
最後に荒川大介の指導暦について触れておきたい。彼は現役の選手だが、実は指導暦は豊富だ。旧パワーハウス時代にも、コーチとしても働いていた。2002年からは三土手大介と共に高校の野球部のウエイトトレーニング指導も行なっている。2002年世界サブジュニア選手権には、日本チームのコーチを務めた経験も持つ。
荒川はパワーリフティング開始以来、60kg級から100kg級まで実に6階級にわたって試合に出場してきた。だからこそ軽量級と重量級の感覚の違いも経験している。スクワットでしゃがみきったところの、腹圧をかける感覚が分かり難いこと等、軽量級ならではの悩みに対しても的確なアドバイスをすることができる。
現在では三土手大介の持つノーリミッツ理論のすべてを受け継いだスタッフとして、三土手が安心して指導を任せられる人材に育っている。
1996年の荒川大介と三土手大介
かなり細いころ(当時は60kg級)
2000年世界ジュニアパワーリフティング選手権
100kg級3位入賞
おもな大会成績
1999年 82.5kg級 全日本ジュニア選手権優勝
2000年 100kg級 全日本ジュニア選手権優勝
2000年 100kg級 世界ジュニア選手権3位
2001年 90kg級 全日本ジュニア選手権優勝
2002年 90kg級 全日本選手権6位
2003年 90kg級 全日本選手権3位
2004年 100kg級 全日本選手権4位
2006年 90kg級 全日本選手権2位
2006年 90kg級 世界選手権7位
2006年 90kg級 全日本ベンチプレス選手権3位
2007年 90kg級 全日本選手権優勝
2007年 90kg級 世界選手権8位
2008年 90kg級 全日本選手権優勝
ベスト記録
スクワット 290kg
ベンチプレス 235kg
デッドリフト 305kg
トータル 827.5kg
2007年全日本パワーリフティング選手権
全日本初優勝